東京地方裁判所 昭和34年(行)141号 判決 1960年9月14日
原告 原田柳二
被告 東京都知事
主文
本件訴はこれを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告が昭和三一年九月二九日付で原告に対してした東京都文京区駒込上富士前町三番地の二三、同所同番地の二四の各土地に関する仮換地指定処分及び昭和三四年二月一一日付で原告に対してした右土地上の建物及びその他工作物に関する移転通知処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因及び本案前の主張に対する答弁としてつぎのとおり述べた。
一、原告は、東京都文京区駒込上富士前町三番地の二三、同所同番地の二四の各土地(以下本件土地という)を所有し、その土地上に木造瓦葺二階建居宅一棟建坪三二坪一合二勺五才(以下本件建物という。)を建築して所有し、右土地を占有使用してきたものであり、被告は東京都市計画第二四地区復興土地区画整理事業の施行者であるところ、被告は昭和三一年九月二九日付で原告に対し、本件土地に関して仮換地指定処分(以下本件仮換地指定処分という。)をして昭和三三年五月二八日頃原告にこれを通知し、さらに昭和三四年二月一一日付で本件建物等に関する移転通知処分(以下本件移転通知処分という。)をした。
二、本件仮換地指定処分にはつぎの違法事由があるのでその取消を求める。すなわち、土地区画整理法第九八条第二項は、施行者が仮換地を指定する場合においては、同法に定める換地計画の決定の基準を考慮してしなければならないと規定しており、同法第八九条第一項は、換地計画において換地を定める場合においては、換地及び従前の宅地の位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等が照応するように定めなければならない旨規定している。ところで本件換地指定処分の結果、原告は本件家屋の移動及びその一部の削り取りを余儀なくされるわけであり、これによつて原告が永久に通行権を取得していた隣地との間の三尺巾の道路を閉鎖せざるを得ないのである。さらに本件仮換地指定処分により原告の所有地は三一坪の減少となるが、これは二割四分強の減歩率を意味する。そもそも本件土地は被告が当初第二四地区の地主及び借地人に送付した換地指定図では換地予定地から除外されていたので、原告は本件土地は区画整理の範囲外であると信じ、昭和三一年一〇月に本件家屋の増築許可を受けた上米軍人ロバート、エル、タドロツクにその一部を賃貸したものであつて以上のことを綜合すれば本件仮換地指定処分は土地区画整理法第八九条第一項に定める換地計画の決定の基準に反して従前の土地に照応しない土地を仮換地に指定したことが明らかであるから違法というべきである。
三、本件移転通知処分は、本件仮換地指定処分が適法であることを前提とするものであるが、本件仮換地指定処分が前項のとおり違法である以上本件移転通知処分も亦違法といわなければならないのでその取消をも求める。
四、原告が本件仮換地指定処分につき訴願の裁決を経ないで本訴を提起したのは次の事由にもとずくものである。
(一) 訴願裁決の結果が予測されたので訴願手続を履むことが徒労であることがきわめて明瞭であつた。すなわち、原告は本件仮換地指定処分の通知をうける前後を通じ再三にわたり、右処分が違法であるからこの変更ないし取消をしてもらいたい旨陳情していたが、被告はこれを何等顧慮することなく一方的に右事業の施行を強調するので、その態度からしてたとえ原告が訴願を提起してもその結論は自ら明らかであつた。
(二) 被告は本件換地指定処分については訴願を経る必要がない旨原告に告げたので、法律的素養に乏しい原告は被告の言を信じ、そのために訴願期間を遵守することができなかつた。これは結局原告の責に帰しえない事由にもとずいて訴願期間を徒過したものであるから明らかに訴願の裁決を経なかつたことについて正当な事由があるというべきである。
(三) 本件区画整理事業の施行が差し迫つていたので、処分の執行停止を求める方法のない訴願手続を経ていては原告は著しい損害を受けるおそれがあつたのでこの点からも訴願手続を経なかつたことの正当事由がある。
被告指定代理人は、本案前の申立として主文と同旨の判決を求め、その理由として次のとおり述べた。
一、本件仮換地指定処分の通知書は昭和三三年五月二八日に、本件移転通知照会書は昭和三四年二月一五日にそれぞれ原告に到達しているが、被告は右通知書の到達の日から土地区画整理法第一二七条所定の一ケ月以内に訴願を提起することなく本訴を提起したものであるから、本訴は訴願前置を欠き不適法である。
二、本件各処分についての訴願は処分庁たる被告を経由して上級行政庁たる建設大臣に対してなされるべきものであるから、被告に対し再三に亘つて陳情してもきき入れられなかつたからといつて裁決の結果が予測できるものとするのは明らかに早計である。
三、被告が原告に対し原告主張のごとく訴願が不必要であると告げた事実はない。さらに原告は法律的素養に乏しいところから、右訴願期間を徒過したものであると主張するが特段の事情のないかぎり法律の不知をもつて正当の事由とはなしえない。
四、原告は、訴願手続を経ていては著しく損害を受けるおそれがあつたと主張するが、原告が本件仮換地指定処分の通知書又は本件移転通知照会書の送達を受けた直後に本件訴訟を提起したのであれば格別、右通知書の到達後著しく日時を経過してから提起した本訴においてはかかる主張は明らかに失当であるし、本件仮換地指定は、いわゆる現地換地であり、その滅歩率約二割四分は、本件地区の平均二割一分にくらべて不当なものではなく、しかも本件建物は殆んど現状のまま移転させればよいのであるから著しい損害を受けることはありえない。
理由
本件訴の適否について判断する。
一、原告が昭和三三年五月二八日に本件仮換地指定処分の通知書を受け取つたことは当事者間に争がなくさらに原告が昭和三四年二月一五日に本件移転通知照会書を受け取つたことは原告において明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。しかして原告が訴願を経ることなく本訴を提起したことは当事者間に争がない。
二、よつて本件につき原告が訴願裁決を経ないで本訴を提起する正当な事由があつたかどうかについて考える。
(一) まず原告は訴願裁決の結果が予測されたので訴願手続を履むことは徒労であつたと主張するが、原告が本件仮換地指定処分を受けることを知つて再三にわたりその取消及び変更の陳情をしたというのは処分庁である被告に対してであつて、裁決庁たる建設大臣に対してではなかつたことは原告の主張自体から明らかであり原告の陳情が被告によつて何ら顧みられなかつたという事情をもとにして裁決の結果が予測されるとするのは原告の主観的な判断にすぎず、これをもつて到底訴願裁決を経由しなかつたことの正当事由とすることはできない。
(二) さらに原告は、被告の係員が本件仮換地指定処分については訴願手続を経る必要がないと言明したので法律的素養に乏しい原告はそれを信じて訴願期間を徒過したために訴願をしなかつたと主張するが、仮りに被告係員が原告主張のような言明をし、原告がこれを信じたために訴願期間を徒過したものであるとして、これは訴願期間を遵守し得なかつたことの正当事由となるのは格別、訴願を提起し得なかつたことの正当事由となるものではない。
(三) また原告は、訴願手続を経ていればその間に区画整理事業が進められて原告に著しい損害をもたらすおそれがあつたと主張するが、原告が本件換地指定処分の通知あるいは本件移転通知を受けてから直ちに本訴を提起していたならば格別、本訴は本件仮換地指定処分の通知後一年五ケ月以上本件移転通知後八ケ月以上経過してから提起されていることから推して考えれば、原告が訴願手続を経由してはいられない程の著しい損害を生ずるおそれがあつたものとは到底認めがたい。
三、したがつて、原告の主張するところはいずれも行政事件訴訟特例法第二条但書にいう正当事由には該当しないことが明らかであるから訴願手続を経ることなく直ちに本件仮換地指定処分及び本件移転通知処分の取消を求める本訴は不適法というべく、却下を免れない。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 浅沼武 菅野啓蔵 小中信幸)